5月1日、6:40am。東北道・浦和本線料金所。集合時間にはまだ余裕があるので、本日の一枚目を撮る。

最大で11連休が可能だという今年のゴールデンウィークだけに、高速道路は既に各所で混雑が始まっている。幸か不幸か、行楽地へと続く渋滞を更に助長するかの様なこの好天だ。
かく言う我々も、今日は少しばかり遠くまで足を延ばす予定である。

6:50am、集合場所である蓮田SAに到着すると、ひで。号XRが既に停まっていた。所要時間が読めず早目に家を出たらしく、6:30am頃には着いていたそうだ。
一拍置いて7:00am、ガッタゴト号XRがほぼ定刻通りに到着。今日子姫が仕事で不参加となった為、この3名が今回のフルメンバーである。
今日はそこそこ行程が長く、連休中の道路状況も予測不可能な為、給油のみを済ませて足早に蓮田SAを発つ。


東北道を北上すること暫し、危惧していた『 渋滞50km 』の文字が早くも表示板上に踊る。これを皮切りに、以後随所で様々な規模の渋滞に遭遇するも、こちらの擦り抜けもそれなりに手馴れたもの。行程にさほどの悪影響は及ばない。

9:00am、上河内SAにて朝飯を摂る。何はともあれ陽当たりの良い席を確保! 何故なら、この段階で既に結構寒いからである。こうする間にも陽は確実に高くなっているのだが、行程が進むにつれ気温は更に下がるだろう。給油の前にスウェットを一枚着込み、グローブも厚手の物に替える。

11:00am、安達太良SAにて本日3回目の給油。冷えた体にもホットココアを注ぎ込む。

12:15pm、国見SAにて本日4回目の給油。
程無く村田JCTから山形自動車道へと流れる頃には、辺りの大気は早春を思わせる清冽なものとなっていた。眼前には青い山脈。

思へば遠く来たもんだ。

12:50pm、宮城川崎ICにて高速を降りる。休憩を挿みつつ、疾走ること約6時間。3台共に終始快調そのものである。XRやXLCRが欠陥車だなんて誰が言った?
・・・まあ、色々な意味で疑問の残る構造を持ったバイクである事は、我々自身一切否定しないが(笑)

勇みR286を進んで僅か数分、警備員の立つ駐車場が左手に見えた。周囲の長閑さには不似合いな台数のクルマが停まっている。
『 一体何だろうな〜 』
などと思いつつ通過する瞬間、入口の立看板に

“ ARABAKI ROCK FEST.10 ”

の文字を確認し急停止!
そう、アラバキロックフェスティバル、通称バキロック。それが今日の最終目的地だ。慌ててUターンし、駐車場の一角に位置する駐輪スペースへ愛機を並べる。
例によって事前の下調べが足りず、まさか駐車場がこんなにイベント会場から離れていようとは・・・夢にも思わなかったのである(笑)
P2駐車場から約10分、牛舎と田畑の連なる長閑な道をシャトルバスに揺られ、会場付近と思しき寂しげな場所で降ろされる。
立看板を頼りにキャンプサイトの方向へと歩を進めること約5分、立っていたスタッフ嬢からリストバンドを受け取り、何となく会場入り。

2:30pm、フジロックの様に華々しい入場ゲートを潜るでもなく、ロックな風情の中高年と擦れ違うでもなく、今一つ実感の湧かぬままにキャンプサイトへと到着してしまった。
何はともあれキャンプサイトに着けばやる事は一つ、速やかに荷を解いてテント2張りを設営する。そもそもが“ エコキャンプみちのく ”なるキャンプ場であるだけに、フジロックのキャンプサイトとは比較にならないほど環境は良い。何と言っても平地である(笑)! マットと寝袋も広げておき、一先ず夜営準備は万全だ。
例により、今夜もmotoはガッタゴト氏のテントに間借りする。配偶者を欠いたひで。は寂しく独り寝だ。

駐車場近くのコンビニで調達した握り飯を頬張りつつ、ボンヤリとイベントのタイムテーブルに目を遣る。すると、何と仲井戸“ チャボ ”麗市のステージ開演が僅か10分後に迫っているではないか!
まだ会場内の位置関係も全く把握出来ていない3名だが、手元の案内図に従い慌ただしくステージエリアに向かう。

どうやら会場内には計6ヶ所のステージが点在しているらしい。中でも目指す“ HANAGASA ”はキャンプサイトから比較的近かったが、定刻に遅れること数分、そこでは既にチャボのMCが始まっていた。
しかし半信半疑での会場入り直後という事もあり(笑)、待望の『 雨上がりの夜空に 』にも今一つノリきれぬままにステージは幕となってしまった。無念である。

その後はバドワイザーを呷りつつ、暫し会場内を散策する。やはり東北の春は遅く、暦も5月だというのに路傍の桜は今まさに満開だ。今年はすっかり時期を逸してしまっていたが、ここにきて思わぬ形での花見となった。

会場内にはBBQエリアも設けられ、ロックフェスなど何処吹く風とばかり、ただ延々と肉を焼き続けている(様に見える)一団もある。楽しみ方は十人十色、自由な雰囲気が居心地の良いフェスである。

5:00pm、エレファントカシマシのステージ中盤で、ガッタゴト氏が“ MICHINOKU ”より単身離脱する。どうやらSIONとロックンロールジプシーズを観る為に“ BAN−ETSU ”へ向かうらしい。

氏ほどの音楽通ともなれば、ロックフェスの足元はドクターマーチン8ホールなどではなくアディダス・スタンスミス、革パンはブーツインならぬソックスインでキメる。頑張っても所詮ブーツイン止まりの我々凡人には立ち打つ術も無い。東北のロッカー達よ、この勇姿をその眼にしかと焼き付けよ!

・・・ってまあ、ホントはオレがムリヤリ突っ込んだだけなんだけども(笑)

6:00pm、エレカシが程良いウォーミングアップとなり、クロマニヨンズの開演する頃にはひで&motoの気分もかなりノリノリとなっていた。それにしても、バキロック来場者の年齢層はフジロックのそれより大分低い。周りのギャラリーは殆どがハイロウズ世代と思しいが、こちとらブルーハーツ世代だ。年季だけは負けじと、ここ“ HATAHATA ”で元少年2人のテンションは本日のピークを迎える!
ヒロト〜 マ〜シ〜
嗚呼、早くも喉は嗄れてしまった(笑)

7:30pm、陸奥に夜の帳が下り、“ MICHINOKU ”に1時間の枠を取ったUAが今夜のメインアクトであるらしい。終盤よりベンジーこと浅井健一がゲスト参加し周囲はヒートアップしていたが、個人的にはブランキー時代から特別好きではない。『 不良少年のうた 』よりむしろXS250スペシャル・サリンジャー号の方が、同系車に乗っていた者としては印象に残っている。

9:30pm、元ストリート・スライダーズ、ハリーの唄う“ HANAGASA ”にてガッタゴト氏と再度合流。それにしても・・・何故かギャラリーが驚くほど少ない(笑) やがて、『 ROLLしねえ、ROCKしても 』のフレーズが実に印象的だったステージも終り、柴田郡川崎町は暫しの静寂に包まれた。

これにて初日の演目も一通り終了、ようやく落ち着いて屋台で空腹を満たし、バドワイザーで喉を潤す。充実した一日であったが、惜しむらくはハリーがmotoに向けて?投げたピックを掴み損ね、前列の女のコに奪われた事であろうか・・・

徐々にライブの余韻もアルコールも醒め、山間の冷気が骨身に染みてきた。数時間前に甲本ヒロトが『 汗かきすぎて風邪ひいてもオレは知らん 』と叫んでいたが、あながち冗談ではない。

後から知った事だが、深夜にゴング予定であったみちのくプロレス特設リングも、想定外の厳寒で中止に追い込まれたらしい。それも止む無し、ライダースの下にキルティングベストを着込み、寝袋に潜ってもなお寒い!
5月2日、6:30am。
ようやく厳寒の一夜が明け、朝の光がテント越しに暖かさを運んで来た。デジカメをバッグから取り出すと、レンズは内側まですっかり曇ってしまっている。
昨日はかなり軽装の来場者も多く見受けられたので、夜の間に凍死者の一人や二人は出たのではなかろうか(笑)?

陽が昇るにつれ、今度は夜の寒さが幻だったかの様に気温も上がってきた。それでもなお朝の空気は清冽で、山並みは遥かに雪を抱き、渡る風は穏やかに木々を揺らす。美しき哉、東北の春である。


7:30am、水場に行列して顔を洗い、キャンプサイトから最も近い“ BAN−ETSU ”の前で朝飯にする。
バキロックの朝は遅く、ステージ前に人影は疎らだ。タイムテーブルを見る限り午前中の我々は結構暇なので、そのまま草原に寝転び、太陽の下で二度寝する。

11:00am、遠い歓声に一度は目を醒ましたが、シアターブルックを子守唄に三度眠りに就く(笑) 文字通りの夢見心地である。

12:50pm、周囲の騒がしさで夢から醒めた時には、我々は人の渦に飲み込まれていた。こちらとすれば『 人混みがこんな所まで来た 』という見解だが、周りから見れば『 こんな所で寝てる連中が居る 』といった風情であろう。
どうやら遠くギャラリーの彼方で唄うのはCoccoの様だ。姿は全く見えないが、届く歌声は美しい。ガッタゴト氏曰く『 CDとまるっきり一緒 』との事で、『 口パクではないか 』という疑惑?が浮上(笑)
暫く耳を傾けていたが、特に大きな声援も無く、MCらしきものも聞こえてこない。少々奇異な雰囲気に、口パク疑惑は『 ステージ上に居るのは本人でなく等身大POPではないか 』という妄想にまで発展(笑)
やがて演奏が止むと、やはり特に大きな歓声も拍手も無く、波が引くのにも似た静けさでギャラリーは散っていった。傍目には何とも不思議な光景である。

2:00pm、続くTHE BAWDIESはガッタゴト氏のイチ押しらしい。正直、『 名前は聞いた事ある 』程度だったので最初は遠巻きに眺めていたが、演奏も唄もソウルフルだし、MCもなかなか巧い。そして何よりギャラリーのノリが良い!
あまりにも楽しげで我慢出来なくなり、motoはとうとう腰を上げてステージ前に単身飛び込んだ! 見回せば自分が最年長である事は疑う余地も無いが、そこは座右の銘『 楽しまなきゃウソ 』に従って声を張り、拳を振り上げる。熱狂の内にラストナンバーとなり、短くは感じられたが兎に角楽しめた。このバンドは今回最大の収穫だったかも知れない・・・ CD買ってみようかな〜

3:00pm、ガッタゴト氏と山崎まさよしを覘く為、引き続きここでラブ・サイケデリコを観るひで。と分かれる。
因みに、目指す“ MICHINOKU ”と“ BAN−ETSU ”は会場の両端に位置し、徒歩にして約20分程度離れている。その間を昨日からブーツで歩き詰めなので、そろそろ足の裏が痛くなってきた。フジロックと比較すれば会場規模は小さいが、舗装路の多さゆえに足への負担が大きいのであろう。フジロックの必携品はゴム長靴だが、どうやらバキロックの必携品はスニーカーの様だ。

まさやんの声が聴こえる辺りまで来ると、周囲は既に随分な混雑ぶりである。
『 この先行ってもどーせ見えねーな 』
と2人あっさり合意し、『 セロリ 』を遠く聴きながら牛タン串を頬張った。
4:10pm、夕方までにテントを撤収する様に、との主催者側アナウンスが事前にあった為、キャンプサイトへと戻る。すると既にひで。は自分のテントを畳んでいた。楽しい時間の終わりが早くも近付いている。

この後も、泉谷しげるに“ リスペクト・フォー忌野清志郎 ”トリビュートライブ、観たい演目は幾つかあるのだが、終演まで長居すれば帰路に就けるのは自ずと10:00pm過ぎ。厳寒の中を夜通し疾走り、東京に着くのは明日未明となるだろう。それは極力避けたいので、残念だがそろそろ潮時と割り切る事とする。
ひで。は帰省する今日子と実家で合流する為、終演まで居残って山形に向かうという。
仲間を独り残すのも気は引けるが致し方ない、先に帰る我々の分まで楽しんでくれ!

今にして思えば、我々が足を運んだステージは計6ヶ所のうち4ヶ所のみ。“ TSUGARU”と“ ARAHABAKI ”は未踏破だ。もはや6ステージ完全制覇を成し遂げ得るのはひで。のみ、後は任せた〜
昨日と同じシャトルバスで、昨日と同じ長閑な道を昨日とは逆方向に揺られ、いつもと同じバイクの許に向かう。

僅か10分の道程、時折車窓には桜が咲き誇り、往く春を愛おしむ様に我々は楽しかった二日間を振り返る。
さらば東北の春、いつの日かまた・・・

と、美しく締め括ろうと思っていたのだが。駐輪スペースに着くと、そこには我が目を疑いたくなる様な惨状が!
一同の愛機には朝露と砂塵、そして通り雨の三重奏が織り成す、見事な斑模様が描かれていた。メットの中まですっかり砂塗れ。う〜ん、後は帰るだけとはいえコレは酷い、酷過ぎる。この状態で乾拭きなど決してしたくはないのだが、堪らずXRを拭くガッタゴト氏。背に腹は代えられないので、XLCRも勿論拭ってやる。多分ひで。も後で驚くだろうな〜

5:40pm、ようやくエンジンを始動しP2駐車場を発つ。


疾走り出して10分も経つ頃には、村田JCTを山形道から東北道へと分岐し、今なお盛況であろうバキロックが少しづつ遠ざかる。今度こそ、さらば東北の春。

それにしても、少々考えが甘かった。夜を待たずに出発すれば、東京方面へ上るにつれ気温も上がると予想していたのだが・・・ 陽が駆け足で沈むと、昨夜を思わせる冷気が夕闇と共に我々を包み始めた。国見SAにて給油の際、往路同様にスウェットを着込む。

8:00pm、那須高原SAにて給油。表示板によれば外気温は10℃程だが、体感温度はもっと低い。凍える我々の頭上に、満天の星が美しく瞬いていた。


10:00pm、佐野SAにて晩飯にする。35kmの上り渋滞もさほど苦にはならなかったが、思わぬ形で我々もGW混雑の煽りを受ける事に。疾走り通しで尻が痛く、せめてまともな椅子に落ち着きたいのだが、レストランは行列中。諦めてスナックコーナーに向かうも、こちらもやはり満席だ。止む無くカレーを立ち食いし、外のベンチで缶コーヒーを飲む。
外気は既に入れ替わり、先程までより明らかに暖かい。どうやら那須高原を少し過ぎた辺りが寒さのピークだった様だ。ここまで来れば残す行程も僅か、給油を済ませて再び東北道を上る。

11:30pm、浦和本線料金所を通過。外環を経由するガッタゴト氏と川口JCTで別れ、日付の変わる頃、首都高C1より東京タワーを撮る。ただいま、東京!
愛機にカバーを掛けていると、今日子の実家に無事到着した旨のメールがひで。より届いた。恐らく、ガッタゴト氏もそろそろ家に着く頃だろう。二日間、お疲れ様でした!

さて、フジロックとはまた違う雰囲気ながら、十分に楽しめたバキロック。思えばギャラリーの年齢層の低さは、出演者が国内アーティストのみである事と無縁ではあるまい。そしてあのノンビリした雰囲気は、フジロックの様に大きなイベント会社が介入していないがゆえではなかろうか?

何にせよ、楽しかったのはあの面子とバイクで行ったから、これに尽きるのだろう。今日子が来れなかったのは残念だが、まあ一番残念がっているのは本人に違いない。
8月には、また4人で苗場を目指せるかな?


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