7月25日、6:00am。もう窓の外はすっかり明るい。
二日目からではあるが、噂に名高いフジロックフェスティバル、いわゆるフジロックというヤツを初体験すべく荷造りを開始する。
しかし今一つ勝手が分らないので、荷物の内訳は普段のキャンプとほぼ同様に構成した。それが吉と出るか凶と出るか?

事前協議で『 昼頃に現地入り出来ればイイんじゃん 』との結論に至り、同じくフジロック初体験のガッタゴト氏とは8:00amに落ち合う事となっている。
7:30am。
バイクのカバーを捲っていると、ガッタゴト氏より『 寝坊したから8:30am集合でヨロシク 』という旨のメールを受信。それを受けて一旦部屋へ戻ると、今度はmotoが必要以上にノンビリしてしまい少々出遅れる。結局二人が合流する頃には、時刻は9:00amとなっていた。

10:00am。
予定より遅れること約1時間、セルフのスタンドで給油を済ませ、ようやく練馬ICから関越に乗る。
昨日までの予報では、週末の降水確率はかなりの高止まり。いつものキャンプやツーリングなら事前に中止となっていたかも知れない。しかし今回はチケット確保の為に2名の福沢諭吉を既に投入しているので、中止というワケにも行かない。

雨具と共に若干の憂鬱も今日の荷に忍ばせて来たのだが、疾走るにつれ予報がウソの様な好天となった。図らずも、我々の晴れ男っぷりが実証される形となったのか?
11:30am。
先程の給油から走ること約120km、赤城高原SAにて本日二度目の給油、及び昼飯とする。途中、30km程の事故渋滞と弱い通り雨には遭ったものの、行程はまずまず順調だ。

それにしても、荷物満載のバイクってヤツは実にカッコイイ。やはりバイクは旅の道具でもあるのだ・・・などと言いつつも、毎度の事ながらXLCRには自前の3〜4人用テントが積めないので、今夜はガッタゴト氏のテントへ御厄介になる。
赤城高原SAを発って程無く、月夜野ICで関越を降りる。

この辺りまで来ると、ただ疾走ってさえいれば至って涼しく快適だ。実に気分爽快、やはり夏こそがバイクの季節だったのか? しかしR17を右へ折れると、進行方向には妖しい黒雲が・・・
R17を湯沢方面にノンビリ走行中、何やら風切り音の様なものが断続的に聞こえる。
標高も若干上がったので、『 耳鳴りかな? 』などと思った刹那、その音源が右後方からmotoを追い抜いて行った。怪音の正体はひで。のXLRが奏でる警笛音であった(笑)

かくして、現地集合予定だった2名と路上にて偶然合流、今回のフルメンバーが揃う。
今回のメンバー中唯一のフジロック経験者にして、
『 あの山には何かがある 』
なる預言で、我々を苗場へと導いた今日子嬢。O/H中にバルブの折れたXR1000は復帰が間に合わず、急遽アドレスV100での参戦を余儀無くされた。
それに伴い、自動的にひで@配偶者も200km超の道程を一般道にて辿る事となったのである。

近隣の商店で飲料水等を買い込み、2:00pm頃に現地入り。
到着早々、駐輪場でストリートバ○カーズ誌に写真を撮られる。ホントは4人一緒で写りたかったのだが、東京組が荷解きに感けている間に、ひで&今日子はさっさと仲睦まじいツーショットを撮影完了。ムム〜
二人の掲げた
『 キヨシロー、会いにきたぜ! ひで&今日子 』
のフリップに負けじと、ガッタゴト氏&motoも
『 清志郎、逢いに来たぜ!! got&moto 』(←盗用)
と対抗?する。何はともあれ、これで我々がこの日ここに在った公的証拠が曲がりなりにも残ったワケである。

更にダメ押し的に、通り掛かりの女のコ3人組を入場ゲート前で捕獲し、4人揃ったこの画像を撮ってもらう。この段階で、既にかなりの達成感がある(笑)
まだ何一つ観ても聴いてもいないのだが、『 来年も来ようぜ 』という中締め的発言が思わずこの口を衝いて出た(笑)

しかし先走った達成感も束の間、ゲートを通してもらえずにUターンを余議無くされる一同。まっしぐらにゲートを目指して来たのだが、チケットの引換場所はどうやら別らしい。
大荷物を携えて今来た道を戻り、チケットと引き換えにリストバンドを受け取る。一先ずは野営場所を確保して、身の回り品以外は降ろす事とした。

それにしても難民キャンプさながらのテントの数、ここでは必要最小限の設営面積確保さえ至難の業だ。まあ考えてみれば、冬はゲレンデになる場所ゆえ平地が少ないのも当然だが、傾斜地にも問答無用でテントが林立している。果たしてあの中で安眠など出来るのだろうか?

一同ようやく入場ゲートを通過、取り敢えずメイン会場らしいグリーンステージに向かう。
預言者・今日子嬢が『 奏ってる人も普通に会場内を歩いてたりするらしいよ〜 』と口にした正にその瞬間、擦れ違う白人男性の顔をチラ見したガッタゴト氏が悲鳴にも似た叫びを上げる。
その人物の名はウィルコ・ジョンソン。正直なところmotoはよく存じ上げなかったのだが、かつてのU.K.パブロックシーンを牽引した重鎮ギタリストであるらしい。動揺した我々の『 プリーズテイクアピクチャーウィズアス 』的な拙い問い掛けにも笑顔で応じてくれた。
ここで『 ああホントに来て良かった 』という、やはり中締め的な発言が今度はガッタゴト氏の口から放たれる(笑)

5:20pm。
降り出した小雨の中、我々のフジロックはベン・ハーパーとハイネケンで幕を開ける。

motoは一切の事前調査無しでここに居る為、どんな人達が奏るのかさえ、今しがた手渡された小さなタイムテーブルで初めて知った。何故フジロックなのに苗場なのかも皆目見当が付かない。どちらかと言えば音楽の為ではない、むしろガッタゴト氏と共に疾走り、ひで&今日子と夏の一日を過ごす為に自分はここに来たつもりだ。とは言え、来た以上は当然音楽を楽しまねばウソである(笑)

今更知るのも何だが、パティ・スミス、ポール・ウェラー、オアシスらが昨日だったのは残念だ。ギターウルフもちょっと観たかったな・・・
ベン・ハーパー&リレントレス7のステージが終了する頃、雨も上がる。持参した雨具も一応は無駄とならずに済んだ。
それにしても足元がモトクロスコース張りに悪い、どうやらゴム長靴こそがフジロックの必携品の様だ。次回は是が非でも持参したいが、更に荷物が増える事になるな・・・

暮れ行く空の下、我々にとって今回最大のお目当てであるステージの開演を待つ。

徐々に気分が盛り上がり、まだ空いている内にと、ステージ前5列目辺りまで立ち位置を大幅に前進。暫く経って振り返ると、いつの間にやら背後には凄まじい数のギャラリーが!
そして7:10pm、フジロック主催者のスマッシュ日高代表による直々の前説で、遂に忌野清志郎スペシャル・メッセージ・オーケストラのステージが開演。仲井戸麗市、三宅伸二は勿論、泉谷しげる、チャー、甲本ヒロトに真島昌利、トータス松本、etc、etc、美味しい顔触れが次々と登場。件のウィルコ・ジョンソンも、盟友ノーマン・ワット・ロイ、ブッカーTらと共にステージ上に立っていた。
スクリーンの中から清志郎が呼び掛ける『 フジロックベイベ〜! 』に気分は最高潮、繰り出される懐かしい名曲の数々に、最後は肩を組んで大合唱。夏の夜の夢の様な2時間弱が終わる頃には、すっかり喉を枯らしてしまった。

そして未だ余韻醒めやらぬグリーンステージ前で、預言者・今日子嬢の口から『 清志郎も絶対観てたよね〜 』との神憑り的一言。


この後は二組に分かれ、東京組はフィールド・オブ・ヘヴンでファンキーミーターズを途中まで、ホワイトステージでパブリックエネミーを途中から、クリスタルパレスで吾妻光良トリオ+1を一通り。どれもがそれぞれにカッコ良く、実に満足だ。別行動のひで&今日子は、どうやら既に睡魔に敗けたらしい。観たがっていた0:30amからの石野卓球までは気力が保たなかった様だ。

しかし会場が兎に角広い、何せステージが8箇所もあるとは想像だにしなかった。繰り返し言うが一切の事前調査無しでここに来たmotoは、様々なアーティストが一つのステージに次々と上がる形態だとばかり思っていた。実際には幾組もの演奏があちこちで同時進行的に行われており、それぞれのステージ間移動も相当に時間を要する。これはかなりの取捨選択を迫られるイベントだ。100人居れば100通りのフジロックがあるという事か・・・

我々が手にしたチケットは25日一日券+キャンプサイト券。今夜はここで泊りだが、明朝はもう入場ゲートを潜る事は出来ない。清志郎デザインで今回のアイコンともなっていた、ゲート脇の巨大ヒトハタウサギに別れを告げる。軽く夜食を摂って2:00am頃にテントへ戻り、こうして『 オレ達の 』フジロックフェスティバル’09は幕を閉じた。

7月26日、7:45am。
気持ち良く目覚めると、ガッタゴト氏は既に朝飯を済ませていた。まあ急ぐ必要もないのでmotoも屋台で朝飯を摂り、辺りを少し散策する。最終日の朝も場外は大賑わいで、トイレも水場も大行列なら、ブーツ洗い場も大行列だ。やはりウェットティッシュは持参すべきだったか・・・

会場内外共に、屋台も自販機も想像以上の充実ぶりで、自炊道具やコッヘルはハッキリ言って不要だった。が、折角持って来たのでわざわざテント前でモーニングコーヒーを淹れる。
暫くして別テントのひで&今日子も起き出して来たのだが、朝飯を済ませたら速やかに引き揚げるという。まあ仕方あるまい、即座に関越へ乗れる東京組と違い、原付二種たる二人の道程は長く険しいのだ。

『 来年も来ようぜ 』(←盗用)
の一言を残した二人の背中を名残惜しい心持ちで見送り、東京組もぼちぼちテントを撤収、ゆっくりと片付けを始める。

荷造りを済ませて愛機の待つ駐輪場へ赴くと、ちょっとした浦島太郎気分を味わう事となった。
記憶さえ確かならば、テントで眠ったのはたった一晩だったハズだが・・・このメーターレンズやサイアミーズ管の劣化進行度合を見る限り、眠っている間に10年近くは経過してしまった様な感覚に陥る。もう暫く放っておけば確実に土へと還るであろう、何ともエコロジーなXLCRである。
果たして苗場スキー場が竜宮城だったのか、それともやはりフジロックそのものが夏の夜の夢だったのか?

苗場スキー場を後にして走ること僅か数十分、標高が下がるにつれて雲も晴れ、徐々に気温が上がり始める。昨日焼けた両の腕に、夏の陽射しがズシリと重い。関越を東京方面に上る頃、既に周囲は灼熱地獄と化していた。やはり夏はバイクの季節じゃないな・・・(笑)

往路同様、赤城高原SAで給油及び昼飯を摂る。この後は特に渋滞も無く、三芳PAで一旦休憩を挿み、関越練馬料金所を抜けたところでガッタゴト氏と別れた。ひで&今日子は今頃何処の空の下だろうか。


確かにあの山には、参加した者にしか解らない『 何か 』があった。
今こそ改めて言おう、『 来年も来ようぜ 』!!


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