19.MAY.’19


5月19日、6:30am。選択肢は色々あるが、迷わずコレにする。今日は殊更にレーシーな’70sを主張したい気分であり、その趣旨にコレ・・・このヘルメットとグローブは良く馴染むと確信するからだ。


SNELL’75規格の純正X−100タイプでASC製の帽体は、つまるところFuryと事実上同一である。AMF当時のH−Dワークスでいうとテッド・ブーディなどがFuryユーザーなので、雰囲気としては申し分ない。同じカラーリングでも、ベルM−2ではやはり’80sになってしまう。

グローブもベイツのロード用より、個人的にはハイポイントなりMXLなり、甲指パッド付のオフ用が気分である。やはりスポーツスターXL系は、土埃の中で育まれたバイクだからだ。かといって、化繊メッシュ等を用いた過度にスポーティなものではこれも’80sになってしまう。総革の野暮ったさこそが好ましい。


首都高C1から4号線、中央道から圏央道を日の出ICで降り、奥多摩町に差し掛かる頃には気温もぐっと下がる。R411沿いのコンビニ前でロンTを着込んでいると、その脇をHammerちゃんが手を挙げながら通り過ぎて行った。その後GSでの給油を挿み、全国交通安全運動のさなか、前を往く青いギャランFTOのテールを舐めながらワインディングを登る。

8:00am。大麦代駐車場にXLCRを滑り込ませると、やや奥まった一角を既に数台のXRが占拠していた。そう、某マサ〇さんの言を借りれば、『 10年に一度 』のXRミーティングである(笑)


数多のXR1000は言うに及ばず、RR1000、S−XRも含めた云わば” XR系 ”とも呼ぶべきバイク達が轡を並べる。無論、例により例の如く、XLCRは我が1機のみだが。

やはりXRは’80年代H−Dレーシングのあまりにも鮮烈なアイコンであり、対してXLCRは所詮’70sの外装スペシャルに過ぎない。しかし、大いにしかし、である。XLCRに与えられたその『 外装 』は、H−D市販車史上唯一の” XR750スタイル ”と呼び得るものであり、ウィリー・G御大のスピリットがそこにはある。CRフレームのみでしか体現し得ない’70sレーシング風情を醸さんが為の舞台装置が、こんなヘルメットやグローブであり革ジャンであることを、果たして誰が理解してくれようか?


ただでさえ特殊車両と言えるXR1000を更に昇華させた存在として、やはりバトルツインRR1000はひときわ変態的なマシンと位置付けて差し支えなさそうな気はする。

そこに、諸先輩方が駆る珠玉のイタリアンミーティングも実は併催となっているので、周囲はもはや息詰まるほど濃ゆい状況である。とりわけ750SFC・・・カッコ良すぎるぜ!


何らかの集団なのか、或いは偶発的な個人の集まりなのか、我々と係りないところでも国内外の名車、珍車が二輪四輪問わず所狭しと跋扈している。ハコスカも240Zも、見飽きる感じのカオス状態だ。

本来ならば、久々に各地より参集したXRをズラリと並べて記念撮影といきたいところだろうが、ちょいとそれを許さぬ場の混雑ぶりなので、参加車ならぬ参加者のみの記念撮影で、一先ずの自由解散となる。ホントに次回はまた10年後なのだろうか・・・(笑)


さて各人それぞれの家路へと三々五々に散って行ったワケだが、新宿方面隊は再度集合して飲み会の予定となっている。新宿IC付近でbabe君達と別れ一旦帰宅、そそくさと愛機にカバーを掛けるべく一歩退くと・・・

ゲゲッ、愛しのYANKEEがシートカウルの端部もろとももげ落ちている! 3年半ほど前、babe君が愛嬌溢れる仕上がりに補修してくれた部位であるが、遂にド鉄ウィンカーの重みに耐えられなくなったか・・・
そもそも構造的に致命的な欠陥があるマウント方式なのだが、果たして梅雨入り前に直せるだろうか?



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