3月4日。気付けば2月も終わってしまった。
立て続けの記録的豪雪に、前回『 オレの“ カフェレーサー ”はそんなんじゃねえ 』と息巻いた心も徐々に冷め、延々と私的カフェレーサー論でも打たんとした思いもすっかり凍て付いた。目出度し目出度しである。とは言えまあ折角なので、ここは至極簡単に“ カフェレーサー ”に付いて触れてみようか。


何と言ってもXLCRはその車名に“ カフェレーサー ”と謳われている世界的に見ても極めて珍しい車種なので、まあ誰が何と言おうとこれはカフェレーサーであろう。そして重要なのは、これが当然ながら『 アメリカのカフェレーサー 』であるという事だ。
かつてロッカーズと呼ばれた英国の労働階級の若者達が、その愛車とルイスレザーに“ 富める国 ”アメリカへの憧憬を込めたのと正反対に、XLCRに跨りショットワンスターを纏う事は、ある意味それ自体が今度はアメリカからロッカーズへと捧ぐオマージュだ。しかし、大西洋と20年近くの歳月に隔てられた両者の最大の違いは、やはりお国柄と時代背景である。


一口にカフェレーサーと言っても、元々ストリート発信のある意味ホットロッド的なそれと、メーカー発信のファクトリーカフェに大別できよう。ノートン・コマンドやドゥカティ・750SSを引き合いに出すまでも無く、多くのメーカーフラッグシップはそのイメージソースを先端のワークスマシンに求め、少なくともファクトリーカフェとレーサーレプリカはその根底に於いてほぼ同義語であったろう。ただ単に“ レーサーレプリカ ”という明快かつ目新しい言葉が’80s以降の2輪市場へ熱烈に受け容れられたが為に、“ カフェレーサー ”は一気にノスタルジックな響きを持つ言葉へと成り下がったのだと解釈している。ブームの終焉と共に、レーサーレプリカが“ スーパースポーツ ”に取って代わられたのと同様だ。

’70s当時のアメリカ人にとって、栄光のレーシングマシンと言えばAMFハーレー・ダヴィッドソンXR750以外に有り得なかったのはほぼ疑う余地が無く、『 アメリカのカフェレーサー 』たるXLCRがXR750レプリカとも言える外装を与えられたのは至極当然の成り行きであっただろう。ただしロードレース用のXRTTではなく、あくまでダートトラック風であるのが正にお国柄だ。


そして少なくとも’70sのアメリカに於いて、レーストラックは既にブラックレザーの時代ではなかった。XLCRをむしろ“ レーサーレプリカ ”的に捉えるなら、極めてアメリカ風味なレーシングJKTこそが最も似つかわしいコスチュームであると個人的には考えている。こうした衣類を乗車時に好んで羽織る理由は簡潔に述べればそういう事かも知れないが、闇雲に蒐集し続けてしまうのは単に好きだから、としか言い様が無い。


ただし、言うまでも無くXLCRは純然たるレーサーレプリカでは到底ない。ビキニカウルにドラッグバー、黒一色のカラーリング、むしろ極めてストリート寄りな要素が付与された事によって、結果としてXLCRは“ カフェレーサー ”的にバランスしている様に思う。悪く言えば中途半端なのだが、だからこそブラックレザーとGパンも良く似合う。メーカーの想いそのものと言えるカタログ写真からしてそうなのだから、正に意図したところは成功している。『 アメリカの、アメリカ人による、アメリカ人の為の 』カフェレーサーの誕生だ。唯一想定外だったのは、販売面では振るわなかったという事か・・・



モッズがランブレッタにM−51パーカでモダーンズを名乗ったのは遠い昔の話、当時と同じく装っても、そこにはもはやモダンとは程遠いノスタルジーしか存在しない。永遠にルイスレザーとクロムウェルでレーサーレプリカ未満に甘んじるなら、いずれカフェレーサーも一部の偏執的マニアによるコスプレに成り下がるだろう。マイナー思考や内輪ウケ、個人的探究や自己実現を旨とするならそれも良いが、多くの場合その先にあるのは薔薇色の未来ではなく、セピア色の過去でしかない。特定の車種やアイテムに固執するのが要旨ではない、モッズもカフェレーサーも本来はファッションでなく、ライフスタイルそのものであった筈だ。時代に応じて変化しなければ、その本質を保つ事は出来ないのである。
・・・まあこれは自分の胸に語りかけている様なものだ、自分自身が内輪ウケどころか誰にも理解されないセピア色の我が道を邁進しているのだから(笑)

というワケで・・・なんて結論にするのはちと強引かも知れないが、ネオ・カフェレーサー。そんな潮流が本当にあるのなら実に歓迎すべきじゃないか。今のところ身近には一人も見当たらないが、ご縁があれば是非とも仲良くしたいものである!



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